世界の石油の五本に一本が、いま一本の狭い海峡を通っています。ホルムズ海峡。この春以降その通航が滞り、今また緊張が高まっている。派手な戦況の話はしません。地図を広げて、なぜ「またここなのか」を確かめます。
今週も、中東発のニュースが相場を揺らしています。イランと米国のあいだの緊張がふたたび高まり、ホルムズ海峡の通航は、この春以降、事実上細っている。戦況そのものは私の仕事ではありません。私が広げたいのは地図です。なぜ、火種はいつもこの海峡に戻ってくるのか。
まず、この海峡が何者かを、数字で押さえます。ホルムズ海峡は、オマーンとイランに挟まれた、ペルシャ湾の出口です。2024年、ここを通った石油は日量およそ2000万バレル。世界の石油消費のおよそ2割、海上で運ばれる石油に限れば4分の1超が、この一点を抜けました。サウジアラビアだけで、ホルムズを通る原油の38%(日量550万バレル)を出しています。液化天然ガス(LNG)も、世界の取引の約5分の1がここを通る。地理がこれほどあからさまに経済を握っている場所は、そう多くありません。
四十年前も、同じ海だった
歴史の引き出しを一つ開けます。1980年代、イラン・イラク戦争のさなかに「タンカー戦争」と呼ばれる戦いがありました。両国が相手の石油輸出を止めようと、この同じ海域でタンカーを攻撃し合った。米海軍が民間タンカーの護衛に乗り出したのも、この時です。四十年前も、争点はまったく同じ「細い首」でした。地理は、そう簡単には引っ越さない。
ただ、今回が当時と決定的に違う点があります。タンカー戦争は、交戦する二国が互いの輸出を削り合う消耗戦でした。今回は構図が非対称です。海峡を握る側が、「どの旗の船を通し、どの旗を通さないか」を選べる。そして、いちばん困るのは誰かというと——アメリカではありません。ホルムズを抜けた原油の行き先は、その約7割がアジアで、中国・インド・日本・韓国が大半を占めます。米国がペルシャ湾から輸入する原油は、日量およそ50万バレルにとどまる。つまりこの海峡は、地図の上では中東の問題に見えて、痛みの大半はアジアの、とりわけ大口の買い手である中国の側に落ちる構造なのです。
だから今回の緊張は、四十年前の再放送ではありません。同じ舞台で、役者の利害が入れ替わった続編です。
昨日の一面で氷室が広げた今週の地図には、関税が物価に効き、物価が金利に効く、と書いてありました。関税でそうなら、原油はもっと直截です。ホルムズで船脚が止まれば、原油が動き、物価を押し、やがて金利の判断にまで届く。今日の決算前夜の相場の底を流れているのも、元をたどればこの一本の海峡です。四十年前と同じ細い首が、いまも世界の財布の紐を握っている。地図を広げて初めて、その狭さが実感になります。