今月、2体のヒューマノイドロボットが、2通りのやり方で手術をやり遂げた。ある手術ではうち1体が執刀し、人間の外科医が助手に回った。別の手術では2体が並んで組んだ。舞台はカリフォルニア大学サンディエゴ校の前臨床試験、掲載先は科学誌ネイチャー。ロボットの話でいつも主役だった「頭脳」ではなく、今回は「手」が主役です。
今朝は、テックの現在地を一つ。ロボットの話をします。ただし、いつもと逆の側から。
この数年、AIの進歩はほとんど「脳」の話でした。より賢いモデル、より速い推論。昨日この欄でも、チップという脳のインフラの話を書きました。でも、賢い脳をどれだけ積んでも、ロボットが現実世界で何かを「する」には、もう一つ要るんです。器用な体が。そして体のほうは、長らく置いてけぼりでした。
その体が、今月ひとつの山を越えました。カリフォルニア大学サンディエゴ校の前臨床試験で、遠隔操作のヒューマノイドロボットが手術をやり遂げたんです。1件は胆嚢の摘出で、ロボットが執刀し、人間の外科医が助手に回った。もう1件は、2体のロボットが並んで組んだ「ロボット同士のチーム」。対象は大型の哺乳類(霊長類ではありません)で、成果は科学誌ネイチャーに載りました。
手術ロボは前からある。何が新しいのか
「手術ロボットなら前からあるでしょう」——編集長ならそう言うはずです。その通りです。ダ・ヴィンチのような手術支援ロボットは、長く世界中の手術室で動いてきました。では今回、何が新しいのか。
新しいのは「汎用の体」だという点です。従来の手術ロボは、手術という一つの仕事のために作り込まれた、部屋いっぱいの専用機でした。今回のヒューマノイドは、身長5フィート・体重60ポンドの人型で、精度は専用機と同等なのに、費用は数分の一、占める場所も数分の一。研究チームいわく、僻地の診療所にも、災害の現場にも、いずれは宇宙にも運べる。作り込んだ大型の専用機から、持ち運べる汎用の体へ——ここが地図の書き換わった点です。
なぜ、わざわざ人型なのか。世界のほうが、人型に合わせて作られているからです。手術台も、道具も、扉の幅も、人間の体を前提に設計されている。一つの動作に最適化した専用アームは速いけれど、そのために整えた部屋の中でしか働けない。人型なら、いま人間が使っている環境に、そのまま入っていける。ただし汎用の体は難しい。一本の手で何十通りもの動きを、しかも人間並みの器用さでこなさなければならないからです。長く越えられなかった壁は、賢さではなく、まさにこの器用さのほうにありました。
もちろん課題も正直に書いてあります。動作の再調整に手間がかかり、手術の時間は人間より長く、遠隔操作には通信の遅れ(レイテンシ)がついて回る。「明日から普及」の話ではありません。
お金は、目立つ場所より詰まった場所へ
面白いのは、この「体」の重さに、お金のほうが先に気づいていることです。
ロボットの体を動かすのは、アクチュエータという部品です。電気の信号を、関節を曲げる物理的な動きに変える——ロボットにとっての筋肉であり、腱です。脳(AI)がどれだけ賢くても、この筋肉が正確でなければ、針一本まっすぐ刺せない。
このほど、投資会社のブラックストーンが、韓国のFutronicという会社に出資しました。高精度アクチュエータのメーカーで、評価額はおよそ6.76億ドル。派手なAIモデルでも、話題のヒューマノイド完成品でもなく、その関節をつくる裏方の部品会社に、大きな資本が入った。お金は、目立つ完成品よりも、詰まっている部品のほうへ動くことがあります。今そのボトルネックが「脳」から「体」へ移った、という一票です。
編集長の声が聞こえます。「で、それは何の役に立つの」。答えは、たぶん手術室の外にあります。精度そのままで、安く、小さく、運べる手術ロボができれば、いい外科医のいない土地に手術が届く。医療の過疎地、被災地、そして——本気で言うと——宇宙。脳の性能を1割上げる競争の裏で、体の値段と器用さが静かに変わっている。僕はしばらく、そっちのほうを追いかけようと思っています。