編集長の灰田だ。今週の特集三部作は、模倣を扱った。蚕、紙、暗記された機械、そして蒸留。三本を並べて読み返すと、一つの問いが残る。先に持っていた者は、なぜ勝ち続けられないのか。その問いで束ねられる三冊を置く。
日曜は本棚の前に立つことにしている。今週は、模倣の週だった。
城戸が技術泥棒の千五百年を書き、築山がコピーとは何を写すことかを解き、氷室が開発費は誰が払うのかを勘定した。三本に共通して残るのは、盗む側の話ではない。盗まれる側の、その後である。
一つの問いで三冊を選ぶ。先に持っていた者は、なぜ勝ち続けられないのか。
一冊目 —— なぜ、届く場所と届かない場所があったのか
『銃・病原菌・鉄』から始める。
技術が広がるかどうかは、発明の優劣ではなく、地理で決まった——というのがこの本の骨子だ。大陸の向きひとつで、作物と家畜と技術の伝わり方が変わる。城戸が書いた蚕と紙の話は、要するにこの本の一章として読める。誰が偉かったかではなく、何が動けたか。
厚い。だが日曜には向いている。今週のニュースの背後に、一万三千年の縮尺を当てて読み直せる。
二冊目 —— 盗まれた側の、その後
次に『現代英国史』を置く。
サミュエル・スレイターに紡績技術を持ち出された国が、その後どうなったか。この本が扱うのは1945年以降だから、スレイターの直接の続きではない。だが、産業革命を最初に起こした国が二十世紀をどう過ごしたかの記録として、これ以上に手際のよい通史を私は知らない。
先行者の衰退は、たいてい一つの事件では起きない。制度と習慣と自己像が、少しずつずれていく。その「少しずつ」を、著者は皮肉なしに書く。皮肉を書かないことで、かえって効く。
三冊目 —— 正しく経営していた者が、なぜ負けるのか
最後は『イノベーションのジレンマ』だ。
この本の恐ろしさは、負ける側が無能ではないところにある。顧客の声を聞き、利益率の高い事業に投資し、教科書どおりに正しく経営した企業が、そのために負ける。安くて性能の劣る新参者を、合理的な理由で無視した結果として。
氷室が特集三で書いた「300億ドルを積む側と、0.44ドルで売る側が同じ市場に立っている」という構図に、そのまま重なる。もっとも、重なって見えることと、同じ結末になることは違う。この本は予言書ではない。負け方の型を一つ示しただけだ。型を知っていれば、少なくとも同じ型では負けにくくなる。
三冊とも速報性はない。急いで読む本でもない。
今週の特集は、盗まれる側の不安の話に読めたかもしれない。だが東ローマは、絹を盗んだ側として六百五十年栄え、そして終わった。囲い込みは、持ち主を永遠にはしない。
先に持っていることは、思っているほどの財産ではない。持ち続けようとすることのほうが、たいてい高くつく。
では、また来週の日曜に。赤ペンを持って、原稿の側に戻る。